4/25のアンザックデーとは?日本人として知っておきたい事実

Australia
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こんにちわ♪ゴールドコースト在住うーなです\(^o^)∕

来たる4月25日はオーストラリアの祝日Anzac Day(アンザックデー)です。

実は、このアンザックデーはわたし達日本人にとっても深い関係があることを知っていますか?

「良い意味ではなく悪い意味で」

今ではあまり聞かなくなりましたが、一昔前まで「日本人はアンザックデーに出歩いてはいけない」と言われていました。

なぜそう言われてきたのか不思議ですよね。

わたしはオーストラリアに来るまで「アンザックデー」のことについて知りませんでした。

今回、日本人であるわたしたちが実は知らなければいけない「オーストラリアと日本の歴史」を少し紹介させていただきます。

この記事でシェアすること。
☑ アンザックデーについて
☑ アンザックデーと日本人の関わりについて
☑ アンザックデーに行われること

アンザックデーとは?

For Memorial Day: How Kiwis Remember – Modern War Institute (usma.edu)

アンザックデーと「Australia and New Zealand Army Crops」の頭文字を取ったもの。

意味は戦争に参加したオーストラリアとニュージーランドの軍団を「アンザック軍」から来ています。

アンザックデーの由来となったのは、第一次世界大戦である1945年4月25日でアンザック軍がオスマン帝国(トルコのガリポリ半島)へ上陸した日。

これをガリポリの戦いといいます。

8か月続いたこの戦いにより連合軍の33512人もの兵士が戦死をとげました。

そのうちアンザックの兵士は「オーストラリア人8709人」「ニュージーランド人2701人」と言われています。

またこの作戦による行方不明者7636人、負傷者78000人という大きな犠牲を払った戦いでした。

戦後、毎年4月25日をガリポリの戦いで命を落とした戦士だけではなく戦争に関わった全ての人たちを追悼する日として定められました。

日本人とアンザックデーの関係

Anzac Day in the Wimmera | Service times | The Ararat Advertiser | Ararat, VIC

先ほど冒頭部分で日本人とアンザックデーは関係が深いと述べました。

なぜ日本人とアンザックデーは関係が深いのかというと「日本はオーストラリア本土を爆撃した唯一の国」だから。

日本は2度に渡りオーストラリアを攻撃しています。

特に有名なのは1945年2月19日に起こった都市ダーウィンへの空爆

この爆撃で民間人を含む251人のオーストラリア人が命を落としました。

日本軍により家族を失ったオーストラリア人から強い反感を買っていたので昔は「日本人はアンザックデーに出歩いてはいけない」と言われていたそうです。

相当恨まれていた日本人がアンザックデーの日に出歩くと生卵を投げつけられていました。

今では新日派のオーストラリア人が多くなりそういったことは無くなりつつあります。

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アンザックデーには何をする?

Anzac Day Dawn Service at Kings Park, Western Australia, 25 April 2009, 94th

アンザックデーの式典は朝4時ドーンサービスと呼ばれる2分間の黙とうから始まり出席者により花輪や花束を捧げていきます。

その後、退役軍人やその親族による行進が行われ式典がスタートします。

夕方5時のサンセットサービスと呼ばれる祈りによりこの式典を終えます。

1日がかりの大きなイベントはオーストラリア人にとってとても特別な日と言えるでしょう。

この式典の様子はテレビでも中継されます。

式典の場所

アンザックデーの式典はオーストラリア各地で行われています。

1番大きく開催されているのは首都キャンベラにあるオーストラリア戦争記念館です。

伝統的な日の出の儀式から始まり、退役軍人の行進、公式献花、軍葬ラッパの吹奏、1分間の黙とうなどが行われます。毎年何千人もの人々が記念館に集まり、上記のいずれか、あるいはすべてに参加して敬意を表します。
アンザック・デー – オーストラリア政府観光局 (australia.com)

こちらはシドニーで行われたアンザックデーの行進の様子です。

動画は10分程度ですが行進は約1時間以上続きます。

Anzac Day March in Sydney - 2017

アンザッククッキー

The best Anzac biscuit recipe of all time | Australian Women’s Weekly Food

このアンザッククッキーは日持ちのする栄養満点のクッキー。

当時、戦争へ向かう旦那さんや息子さんのためにお母さんや奥さん達が作って持たせたり、送ったりしました。

兵士として戦いに出向いた家族を思う気持ちが伝わりませんか?

アンザッククッキーは今でもスーパーで日常的に買うことができます。

ポピーの花

「赤いポピー」の意味は戦没者の象徴。

アンザックデーが近づくといろいろな場所でひとつ約$2で販売しています。

収益金は戦没者の慰霊および遺族への支援金として使われます。

「赤いポピー」が戦没者の象徴として使われるようになったのは戦場一面にポピーの花が咲いていたからだそう。

カナダ人軍医であったジョン・マクレー (John McCrae 1872 – 1918) が書いた『フランダースフィールドで (In Flanders Fields) 』という詩により多くの人へと広まりました。

こちらがその有名な詩です。

In Flanders Fields
In Flanders fields the poppies blow
Between the crosses, row on row,
    That mark our place; and in the sky
    The larks, still bravely singing, fly
Scarce heard amid the guns below.
フランダースフィールドにポピーが揺れる
十字架の間に何列も何列も
あれはオレたちのいる場所
そして空にはひばりが今も勇敢に歌って飛んでいる
下にもかすかに聴こえる銃弾の音
We are the Dead. Short days ago
We lived, felt dawn, saw sunset glow,
    Loved and were loved, and now we lie,
        In Flanders fields.
オレたちは死んだ、数日前に
オレたちは生きていていた、夜明けを感じ、輝く日没を見て
愛しているし愛してた
そして今はフランダースフィールドに横たわっている
Take up our quarrel with the foe:
To you from failing hands we throw
    The torch; be yours to hold it high.
    If ye break faith with us who die
We shall not sleep, though poppies grow
        In Flanders fields.
戦い続けてくれ
朽ちた手からおまえたちに投げた明かりを
今後はおまえたちが高く掲げてくれ
もし死んだオレたちの想いを裏切ったら
オレたちは眠れないだろう
フランダースフィールドにポピーが咲きみだれても。

ポピーの花を身に付ける事で戦没者の方々への追悼の意を表しています。

ぜひ機会がありましたらポピーの花のバッジを付けてお近くの式典へ足を伸ばしてみてください。

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この記事のまとめ

アンザック・デー – オーストラリア政府観光局 (australia.com)

悲しい歴史を繰り返さない為にも知ってほしいと思い、わたし達日本人にも関わりがあるアンザックデーを紹介させて頂きました。

今では生卵を投げつけられることもなく平和に過ごせています。

日豪共に平和がこれからも続くことを祈っています。

4月25日のアンザックデーの日に日本から黙とうを捧げてみるのはいかがでしょうか?

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最後まで読んでくれてありがとうございました!
うーなでした♪

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